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2008年10月

2008.10.29

悲傷臓腑を破る。

さて、一睡もしていないがw、あと5時間もすれば入院しているだろう。

準備はほぼ済んだ。

あとはまぁ、シャワーを浴びて、冷蔵庫の中身やゴミ、洗い物の片付けくらいか。

今、僕は、愛読書の「竜馬がゆく」を読んでいる。

それでこの日記のタイトルの文に出会ったワケだが、正に僕はこういう状況なのだろう、と思った。

何が「悲傷」であるかは、語らない、しかし僕にははっきりわかっている。

で、その破れた臓腑を治す為に入院するワケだが、おそらくそれなりの時間がかかるだろうなあ…、と書くと悲観的なように取られるかもしれないが、そうではなく、わりと他人事みたいな感覚で、正直にそう思う。

「過去」というモノを、洗いざらい忘れ去ってしまえれば、きっとラクになるんだろうと思うけれど、「過去」あっての「現在(いま)」であるし、「過去」は言い換えれば「歴史」であるから、忘れ去ってしまえば、もはや僕が僕でなくなる。

アイデンティティーを失う、というか。

僕が僕である為に、忘れてはならぬモノは忘れずに、忘れるベキことは忘れる…、そういうことが必要なのかな、と。

…さて、僕は最近、ネットのほとんどをケータイで操作しているワケだが、病院に入っても、ケータイは使えるのかな?

一応持っては行くけれど、更新がなければ病院の都合でケータイが使えないモノと思って下さい。

…死んだ、という可能性もあり得ますがw、その時は、僕にはどうしようもないのでご勘弁をwww

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2008.10.28

いよいよ明日から入院。

入院する、って大変だ。

タオル、洗面器、石けん、着替え、髭そり(T字のヤツはダメで、デンカミのみ)、寝間着などの用意、留守中の家をちゃんとする為の用意(電気・ガス・水道などの引き落としの届けなど)、そして何より、睡眠覚醒リズムが壊れている僕が、明日の朝のバスに乗れる為の調整…。

風呂にも入っておかなきゃな。

ゴミは…、固く口を縛って、トイレにでも置いておこう。

今回の入院は、僕が真人間になって社会復帰できるか、永遠に社会のお荷物として過ごすのか、を左右する重大な事だ。(ついでに、一昨年見つかった大腸のポリープが癌化していないか、も診てもらわねばならん)

この入院で、真人間に戻ったら、きっとちゃんと就職して、世間並の生活に戻るんだ。

そして今まで応募して下さった方々に、恩返しをするんだ。

俺にできるかな…、という気持ちもないではないが、やらなきゃダメだ、と思う。

来月で僕も31歳。

…本当の、ラストチャンスだろうな。

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2008.10.26

昨日の日記の続き。

…を書こうと思ったが、大学時代のことを書こうとするなら、それは異常に長くならざるを得ない。

僕の30年の人生で、最も密度の濃い3年間なのだ…、簡単には書けない。

だから、大学時代の終わりに時間を移したい。

大学時代の終わりは、あまりにも突然やって来た。

…子供ができたのだ。

大学に通いながら子育て、そして妻子を養うなど、当時の(いや今でさえ)僕にできることではない。

僕は仕方なく、大阪に帰ることにした。

2001年3月のことだ。

大阪の実家に帰り、印刷会社に就職した。

子供はその年の9月11日、そう、あの「9・11」の日に産まれた。

そしてその年の有馬記念、マンハッタンカフェが勝ち、2着にアメリカンボスが入った馬券を僕は2000円買っていて、ほぼ100万円当てた。

…もはや遠い昔だ。

それからしばらくは、特に何事もない毎日だった。

変わったことと言えば、この頃、僕は喘息を患い、嫁さんには世話をかけたものだ。

印刷会社に就職してちょうど3年後、実家の近所に、新築のマンションを買った。

2470万円だった。

驚くなかれ、頭金は10万円しか入れなかった。

今にして思えば、新築のマンションに引越した日…、可愛い子供がいて、美しい妻がいて…、収入にも恵まれていたあの日が、僕の人生の頂点だった気がする。

その幸せな日々は、長くは続かず、2年後には離婚することになった。

あとは崖から落ちるようなモノだ。

働く意欲も失った僕は、印刷会社を辞め、そのマンションで一人暮らしを始めた。

収入がないから、働いていた頃に作ったカードで、支出をまかなった。

当たり前だが、そんな生活も長く続くワケがなく、僕は就職しては退職(もしくは解雇)、自分で会社を作っては倒産、など、よくわからないことを繰り返した。

…その結果、僕は高知でひとりぼっち、仕事はなく、家族はおろか、自らの健康をも失った。

4ヶ月に一度、松山で子供には会える、それが唯一、心の支柱になっている。

…29日から、入院する。

まずは、自らの健康を取り戻そう。

さて、世間並の暮らしを僕が取り戻すのは、果たしていつになるやら。

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後悔でなく、反省する為に。

入院まであと3日、僕の過去を振り返ってみたい。

そして、身心共にマトモな、

「真人間」

として、第二の人生を歩む、糧にしようと思う。

…どこから振り返ろうか。

ええいこの際だ、記憶の始まりから振り返ってやるw

僕の一番古い記憶は、前にも書いたかもしれないが、僕が5歳、幼稚園の年長さんになったばかりの4月26日だ。

週末だったのだろう、朝だと言うのに、父が家にいた。

母は、何も言わず、静かにマンションの戸を閉め、出て行った。

理由は知らない。

とにかく、両親が離婚した瞬間だった。

まだ幼稚園にも入っていない妹と、僕を抱きしめて、

「これからは3人で、力合わせて生きていこうな」

と父は言った。泣いていた。

父が泣いているのを見たのは、これが最後だった。

まもなく、僕に「義理の母」ができた。

それは突然できた。

僕と妹は、日曜日はゴルフに出かける父から、僕は100円、妹は50円、もらっていた。

正確には、僕宛ての100円と、妹宛ての50円が、リビングの机に置いてあった。毎週、そうだった。

ところが、その日はなかった。

代わりに、知らない女の人がいた。

僕らは無邪気にも、その女の人に、

「100円頂戴!」
「50円頂戴!!!」

とやった。

返ってきたのは、ビンタだった。

その日から、中学1年までの記憶は、消してしまいたいし、半ば覚えていない。

覚えているのは、義理の母が、父がいないところでは、ほとんど「熱湯」と呼べる風呂に無理矢理僕らを入れる…、本物のお灸をすえる…、家業である麻雀屋の手伝いをさせ、サボって遊びに出かけたら、殴る・殴る・殴る…。

…ああ思い出したくない。

半ばトラウマになっていて、僕は未だに、かなりぬるい風呂にしか入らない(温泉等をのぞいて)。

しかし、中学1年のある日、義理の母が義理の弟を連れて出て行った時には、本当に、本当に嬉しかった。

囚人が、突然釈放されたようなモノだ。

それから僕はハジけたw

母方の親戚の家にあったアコースティックギターを無理矢理もらい、ギターを始め、ウイスキー(バーボン)を買ってきて酒盛りをし、ステレオでブルースロックを流した(時々サザンも聞いた)。

そこからはギター・勉強・酒の毎日。

しかし徐々に勉強の割合が減り、ギター・酒・バンド活動になっていった。

高校時代はほぼ、中学時代からの延長でしかなかった。

この頃、

「将来は必ずミュージシャンになる!」

と決心した。

僕は高校を中退しているが、ちょうどその頃組んでいたバンド「ポンム・フリット」に勢いがあって、プロデューサーのドン寺田氏のやり手ぶりもあって、僕らは1997年の「ティーンズミュージックフェスティバル西日本エリア決勝」まで駒を進めることができた。

…もちろん、「西日本エリア決勝」であるからして、近畿、関西エリアには、僕らより巧い十代のバンドはいない、という状況になった。

残念ながら、西日本エリア決勝大会では敗退したものの、アレは僕にとっては1つの誇りだ。

「バンド活動」というモノに青春の全てを賭けた、その証なのだ。

…と、言いつつ、実はこの時、バンド活動、アルバイトの片手間に、「大学入学資格検定」の勉強もしており、試験も受け、合格していた\(^O^)/。

…さて、大学選びであるが、この頃僕は、広末涼子さんにゾッコンであり、また、司馬遼太郎の描く坂本竜馬にゾッコンだった。

広末涼子と坂本竜馬。

この2人のアイドル(僕にとっての、ね)が暮らした街で、僕も暮らしたい…、そんな安直な理由から、高知大学を受けた。

学力的には余裕だったが、案の定、受かった。

高知へと旅立つ夜、友達と酒盛りをした。

ゲロで下水道を詰まらせた馬鹿まで出た。

高知への引越しの荷物は、Tの9万円のボロ車で運んだ。

高知の上町2丁目への引越しも住み、いよいよ大学生活が始まる、そう思いながら、入学式に向かった。

神様は、すでに運命を用意されていた。

入学式に出席する為に提出する書類のため、僕は列に並んでいたが、僕の前は背の低い女性だった。

ふいに彼女が横を向いた。

僕は、ついに今まで、これほど美しい横顔に出会うことはなかった。

惚れた。

僕は、本来は惚れにくい性質である。

それがどうしたことか、「一目惚れ」である。

大学時代の僕の思考の95%までが、彼女(仮にGさん、としておく)のことで占められるとは、この時はまだ、僕はわかっていなかった。

       (つづく)

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2008.10.20

女性というのは

どこまでも、勝手自儘な生き物だ。

「私は勝手でもなければ、我が儘でもない!」

という女性がもしいるならば、ぜひ名乗り出て頂きたいモノだ。

…おそらくいないだろう。

仮にいたとしても、その女性が将来、勝手自儘な女性に変貌する、という可能性が非常に高い…、気がする。

まったく、世の中が男だけであったら、どんなに誠実・正直・素直・我が儘でない人間ばかりで住みやすい世界になるだろうかと思う。

…非常につまらない世界になる可能性、あるいは、非常に愚かな世界になる可能性もないではないが。

しかし、多少住みやすい、心傷めることの少ない世界になることは、ほぼ間違いなかろう。

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2008.10.18

腹を壊した

すさまじい下痢。

今は収まっているが…、体の中身の半分が出た感じ。

…もう寝る(x_x;)

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2008.10.17

ギターを1本売りました…(T_T)

楽器屋さん2軒まわって、高い値をつけてくれたほうで、ギブソン「ハミングバード」を売りました…(T_T)

売らなきゃ食っていけないんだもん、しゃあないわいな。

来月は松山にも行かにゃならんし(義務ではないが、年に3回しか遥に会えんワケやからね、行かんワケにイカンでしょう)。

…ギターも何本もあるワケじゃないし、しかも買った値段に比べれば、二束三文とまでは言わんけど、安く買い叩かれてるし(泣)、早く社会復帰しなきゃなぁ(x_x;)

…さようなら、僕のハミングバード、またいつか、買い戻してやるよ。

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2008.10.11

夢ばかり見る

最近、眠りが浅く、夢ばかり見る。

たいていは、幸せだった頃の夢だ。

新築のマンションに住み、最先端の家電に囲まれ、好きなギターと満足なオーディオがあって…、遥がいて、嫁さんがいる。

遥と僕がじゃれていて、嫁さんが家事をしている。

そんな、ステレオタイプの「幸せ」を、中途半端に一度経験したモノだから、ひとりぼっちになった今でも、その亡霊は、僕に取り憑いて離れない。

心理学とか、そういう学問の先生なら、

「それはあなたが、本当に求めているモノが、夢となって現れているのです」

なんて言いそうだ。

…俺ぁ、別にいわゆる「幸せな家庭生活」なんか求めてはいない。

求めてはいないが、憧れてはいる。

どうしようもなく愛しいが、手に入れたいとは思わない。

…片想いに似ている。

その想いは、常に悲しみをともなっている。

理由はわからない。

この悲しみを、鬱というのかもしれない。

悲しみは、共有すれば薄まるが、今の僕には、心底悲しみを共有できる人間はいない。

一部ずつなら、数人、いるにはいるが…。

皆、社会で責任を背負って、頑張っている。

僕みたいなカスの悲しみに付き合っているヒマがあるワケもない。

しかし、僕も、このよくわからない悲しみと付き合うのに、少々疲れを感じる。

「死んだら楽になるかなぁ」なんてことを思うのは、そんな時だ。

死ぬとすれば、12月27か28日を選ぶだろう。

理由は僕と、この世であと2人だけ知っている。

突発的に死ぬことも、ない、とは言い切れない。

僕を応援してくれる周りの皆さんへの、感謝の気持ちがないではないが、感謝だけでは生きて行けない。

友人と、サム・マネーと、希望があればよい、と言ったのはチャップリンか。

僕には希望がない。

これはかなり決定的に、ない。

まったくないワケではないが、かなり薄い希望と言わざるを得ない。

なんでこうなったのか?

今さら考えても、仕方ない。

人間は、生きている間に、数回は挫折に出会うだろう。

そして、それを克服して、より強い「大人」に成長するのだろう。

僕が今、食らっている挫折に、僕は押し潰されるかもしれない。

責任は、誰にもない。

あるとすれば、僕の弱さだ。

僕は、弱い。

この弱さを見抜いたからこそ、元嫁も僕から離れたのだろうし、会おうともしないのだろう。

遥には、僕の弱さを見せたくないが、女の子とは言え女だ、見抜くかもしれない。

そういう意味では、もう遥に逢うべきじゃないのかもしれない。

遥に会えない、となれば、いよいよ僕に、「希望」はない。

いや、うっすらとした希望が、実は僕にもあるが、それは誰にも理解されない。

希望というのは、自分以外の誰かと、同じベクトルでもって、理解し合うことができて、ようやく希望らしいカタチになる(と、僕はそう思う)。

一人で、薄っぺらな希望を握りしめて、生き抜くだけの強さが、僕にあるか。

…わからない。

しかし、別のことがわかる。

本当の友達、というヤツだ。

生きている中で、逆風を食らっている時にだけ、本当の友達、というのはわかる…、ような気がする。

人生自体、順風満帆の時には、誰でも友達さ。

しかし、海が荒れた途端、離れていくヤツがいる。

向こうからはわかりにくいだろうが、こっちからはよくわかる。

挫折を食らっている時には、友達を取捨選択するのにはもってこいだ。

…最近、そんなことを感じ、考えながら、生きています。

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